Wuppertal 留学日記

2013年10月から1年間、交換留学でドイツへ行く機会に恵まれました。体験談などを書き残していきたいと思います。

124日目(2月1日 土) ダッハウ強制収容所

ダッハウ強制収容所

本日の目的地ダッハウ強制収容所跡は、ミュンヘンから鈍行で20分、さらにそこからバスで10分ほど行ったところにあります。割と大都市から近いので驚き。

ダッハウは、数ある強制収容所の中でも最初期のもので、ここで蓄積されたノウハウがその後の様々な収容所運営に生かされていったのだそうです。
ちなみに、有名なアウシュビッツ収容所は"絶滅収容所"と呼ばれており、これはヒトラーの言うユダヤ人問題の最終的解決のために、組織的・効率的にユダヤ人を殺害するための収容所でした。しかし、ダッハウはそれとは性格が異なっています。

設立されたのは1933年、すなわちナチスが政権を奪取した年です。その後、放火やら何やらという手を用いて、ナチス共産党員を始めとする政敵を陥れていきます。その延長で、捉えられた政治犯を収容するというのがこのダッハウ収容所設立の当初の目的でした。
したがって、ダッハウはあくまでも"強制収容所"なのです。

しかし、結局は時代の流れとともに政治犯だけでなく、ユダヤ人・同性愛者・ジプシー・捕虜などといた多岐にわたる"敵"を収容することになります。絶滅収容所と比べれば幾分平和だったのかもしれませんが、比較対象の状況がひどすぎるため気休めにもなりません。

ナチス」→「収容所」と連想ゲームを進めていくならば、次は「ガス室」が出てくるのではないでしょうか。ここ、ダッハウにもガス室そのものは作られていたそうなのですが、実際にガスを利用して組織的に囚人が殺されたという記録は残っていないようです。とはいえ、戦争が悪化するにつれ収容所の状況は悪くなり、飢えや病によっておびただしい死者が出ています。

また、人体実験という名目で100人前後(だった気がする)の囚人が命を奪われてもいます。ここで行われた実験は、低気圧実験と冷却実験というものだそうです。
どちらも、脱出した空軍パイロットを助けるための方法、あるいはどのような状況まで人間が生きていられるかという見極めのために行われました。低気圧は高高度に人間が耐えられるか否か、そして冷却は極寒の海面に放り込まれた場合どこまで人間が耐えられるかということを実証するためのものです。


概要はこんな感じで、ここからは色々写真を貼っていこうと思います。それにしても、強制収容所を見に行くというと、いよいよドイツに来たなぁという感じがします。

ダッハウはのどかな田舎町で、駅も小ぶりでした。目的地までスムーズにたどり着くことができるか不安でしたが、収容所跡は観光地(という呼称が適切かどうか分かりませんが)としてしっかり案内がなされています。


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ダッハウのバス停にはデカデカと案内板がありました。
バスの料金なども詳細な説明がパネルでなされているので安心。

自分が訪れた際にも、何人か観光客が固まっていたので迷うことはありませんでした。10分ほどバスに揺られて到着。最初はダッハウ駅から歩いて行ってみようかしら、などと思っていたのですが、ちょっと遠かったのでバスで正解だった気がします。


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▲収容所バス停前の案内。
こんな感じで、案内はすべて英語併記が基本でしたので、ドイツ語がからっきしでも全く問題なく見て回ることができます。


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▲お約束。門の「ARBEIT MACHT FREI 働けば自由になる」の文字。
就職活動のスローガンめいてもいる。


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▲門をくぐるとこんなに広い土地が。
写真のように、この日は信じられないくらいの晴天でした。歴史的背景を度外視してよいのであれば、収容所跡はただただ広く、非常に気持ちの良い場所でした。もし小学生の時分に訪れていたら、間違いなく走り回っていたでしょう。


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▲モニュメント。後ろに見える建物の中が博物館になっています。


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▲博物館の展示は、こんな感じのパネルがメイン。
パネルによる解説は、ナチスが政権を取る過程から始まり、収容所の設立・運営・被収容者といったものにフォーカスしつつ終戦までの流れを追っていくものです。
被収容者の悲惨な話などにフォーカスされているのかと思っていましたが、案外淡々とした解説でした。


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▲懲罰セット
この上に囚人をうつ伏せに寝かせ、鞭で打擲するという刑があったのだそうです。


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▲身分証など


博物館入口付近に、チャリティーショップという体で小さなミュージアムショップがありました。公式パンフレットはここで入手可能です。観光地化していることもあり、店員さんは英語ぺらぺらでした。

また、バス停の近くにはツーリストインフォメーションがあり、そちらには大きめの書店とカフェがあります。ダッハウ関連に限らず、歴史系の本が山ほどありましたので、興味のある方はそちらも見る時間を確保しておくといいかもしれません。


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▲戦後復元されたバラック


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▲収容所外周の様子


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▲かつてバラックが並んでいた跡地
博物館を出たら曇天になっておりました。


というわけで、一日かけてあれこれ見てみました。
当初は、強制収容所=完全に負の歴史=悲壮感たっぷり というイメージを持っていたのですが、展示内容、現地の雰囲気ともにそこまで暗黒ムードというわけでもありませんでした。

ここが絶滅収容所ではなかったということが一つの理由かもしれません。また、観光地として栄えすぎてしまって、妙に賑やかであることも暗さを感じなかった理由かもしれません。ドイツ滞在中に他の収容所もあれこれ見てみたいと考えているので、それからじっくり比較してみたいと思います。

収容所見学ビギナーの私にはちょうど良い内容でした。歴史的にも収容所の走りですし。


見学後はミュンヘンに戻り、再度ホフブロイハウスへ...と思ったのですが、満席で入れず、市庁舎地下のRatskellerへ行ってきました。ドイツ語の授業で、「市庁舎の地下には大体レストランがある」という話は聞いたことがあったのですが、今まで行ったことはありませんでした。
本格的なレストランは高いから敬遠していたのですが、旅行中は値段は気にしないことにして、ちょっと背伸びしてみました。