Wuppertal 留学日記

2013年10月から1年間、交換留学でドイツへ行く機会に恵まれました。体験談などを書き残していきたいと思います。

104日目(1月12日 日) スペースオペラとしての魔笛

スペースオペラとしての魔笛

今日はまたまたMünsterへ行ってきました。目的も先日と同じくオペラですが、今回はモーツァルトの「Die Zauberflöte(魔笛)」です。

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▲Münster の劇場

オペラに興味を持ったきっかけは大学の授業だったのですが、魔笛はその授業の中でも扱われ、特に気に入っている作品です。
その授業を受講していた年の瀬に、ちょうどNHKでミラノスカラ座の公演を放映しており、それを録画して見ていたのですが、劇中のパパゲーノ役を演じていたアレックス・エスポジトという方の演技が俊逸で、それ見たさに何度も繰り返して見直しているうちにアリアやら何やらがやたら頭に残りました。それが原因で全曲CDも購入し、一時期そればっかり聞いていたこともあって、唯一ただの音楽ではなくある程度言語として聞き取ることができるようになったオペラでもあります。

しかし、今まで生で見たことは一度もありませんでした。DVDであれば、上記のスカラ座以外にもいくつか見たことがあったのですが、いつか生で見てみたい・聞いてみたいとかねてから思っていました。私の中の、「生で見てみたいオペラランキング一位」が魔笛だったのです。ですから、今回は前回にも増して楽しみにしていました。夢というにはスケールが小さいかもしれませんが、それでもかねてからの願いが叶うというわけです。

ちなみに、オペラと言い切ってしまっていますが、厳密には「Singspiel(ジングシュピール)」という歌付きのお芝居という分類になるらしいです。そのため劇中では、オペラと異なり音楽なしのセリフパートがあったりするのですが、まぁオペラだと考えてしまっても問題はないような気もします。

件のNHKの番組の冒頭で、三枝成彰さんが魔笛の解説をしていたのですが、それによるとセリフ部分は演出によって色々らしいです。彼がザルツブルク音楽祭で見た魔笛はセリフ部分が非常に長く、時々思い出したように歌い出すというものだったそうです。もちろん、話の筋が変わるような改変はなされませんし、伝統的な演出というものが存在しているわけですが、それでもガッチリ固められたオペラと比べて、やや遊びのあるものだと考えておけばしっくりくるかもしれません。

あらすじ等はウィキペディアで。


未来的演出

前回のトロヴァトーレの演出が面白かったため、今回は何か変わった演出があったらメモしておこうと思い、ノート片手に鑑賞することにしたのですが、始終メモし続けなければならないほどに変わった演出のオンパレードでした。
SF映画のパロディに満ち溢れた、あまりにも未来的な演出だったのです。以下、分かる限りの元ネタと併せて、演出についてメモしたことを書き残しておきます。

序曲の間には、ステージの大きなスクリーンに映像が映し出されていたのですが、どことなくスターウォーズのオープニングっぽい字幕でストーリーのあらすじ紹介がなされていました。
かと思ったら、いきなり「2001年宇宙の旅」のあのスペースコロニーがデカデカト映し出されました。そこから飛び出した宇宙船に乗っているのはパミーナ?と思しき女性。
多分このあたりのことを含めて字幕で情報補完がなされていたのでしょうが、読めていませんでした。
宇宙船が故障し、不時着したのは未来的ピラミッドが乱立する怪しい惑星です。

「それを知った王子様、タミーノは彼女を助けるため旅立ったのだった」というような字幕に続いて映し出されたのは、言い逃れできないレベルでX-WINGっぽい宇宙船です。

それにタミーノが乗っているのですが、そこへ現れたのはこれまた言い逃れできないレベルでTIEファイターっぽい(正確にはTIEインターセプターっぽい)宇宙船!タミーノの乗るX-WINGはこれに撃墜され、不時着したのは先ほどパミーナが降り立ったのと同じ惑星です。

このあたりで序曲が終わりました。

え、ナニコレ?ジョージルーカスが演出を担当したの?と言いたくなるほどにスターウォーズです。しかし、もともとストーリーが支離滅裂と言われる魔笛ですから、いっそこれくらい弾けていたほうが面白いかもしれません。
それに、きっとドイツでは伝統的演出など既に見飽きるくらいに楽しまれているのでしょう。これくらい攻めた演出の方が、古参ファンも新規ファンも食いつくのかもしれません。保守的なファンが見たら発狂しそうではありますが、それはそれということで。

本来の魔笛であれば、序曲に続いてタミーノが現れ「お助けーお助けー!マズイ!死んじゃう!なんかトンデモない蛇に食べられて死んじゃう!ちょ、神様助けて!」という必死の歌から始まります。脈絡なく大蛇に追われているタミーノ...というシーンなのですが、今回の演出ではこれもまた変わったものでした。

X-WINGから脱出したタミーノがパラシュートを引きずりながらステージに登場します。スクリーンには立派な羽を生やし、口から火を吐くいかにもな感じのドラゴンが!
ここで本来なら「Zu hilfe! Zu hilfe!」と歌い始めるはずなのですが、耳に入ったのは聞きなれない言語でした。スクリーン上にはドイツ語字幕もうつされています。
まさか原語上映じゃなかったのか?と思い色々考えたのですが、イタリア語っぽくもなければ、フランス語っぽくもないし、何語で歌っているのか全く分かりません。

ま、まさか演出に合わせて宇宙語か!?宇宙語なんて「ウルトラマン」でイデ隊員がバルタン星人に話しかけていたアレしか知りません。マズイ!こんな演出じゃあ今後二時間耐えられるはずがない!
と、変な汗をかいていたのですが、タミーノに続いて現れた3人の侍女たちはドイツ語で歌い始めました。そして、タミーノに近づくと懐からi-phoneのようなものを取り出し、タミーノに向けて何か操作し始めました。すると、スクリーンに「Koreanisch(韓国語) > Deutsch(ドイツ語)」と大きく映し出されたのです。タミーノを演じていたのはアジア系の方だったのですが、おそらく彼の母語が韓国語なのでしょう。

異国から来たタミーノの言葉を、3人の侍女がステキデバイスによって現地語に翻訳するという演出だったらしいのです。彼女らが立ち去った後、タミーノが起き上がって話したのはドイツ語でした。それに「あれ?突然外国語が話せるようになってる!」という説明的セリフが追加されていました。なんとも面白い演出!

それにしても3人の侍女の衣装がなんというか...サディスティックなお嬢様という感じで驚きました。黒いピチッとした服に、変な仮面をつけて登場したのです。あらあら。

続いて現れたパパゲーノは変な格好をしていたのですが、彼はもともと妖怪とも宇宙人ともつかないような変な格好の変な奴なので、むしろ自然。

なんやかやあって、パパゲーノとタミーノのもとに3人の侍女が再び現れ、「パミーナを助けて!」とお願いするシーンでは、なんとR2-D2が登場しました。そして、R2がホログラムでパミーナの姿を映し出すのです。なんというオマージュ!最初から言い逃れ不可能な演出ではありましたが、もはや後戻りできません。

その後現れる、ザラストロのもとへとタミーノ一行を案内する賢い3人の美少年(別名:自殺防止隊)はこの人とその色違いといった感じの格好をしていまいした。(スターウォーズ関連情報サイトの権威、「スターウォーズの鉄人」さまによるとトゥイレックという種族らしいです)
もう美少年でもなんでもないじゃん!
しかも、登場シーンはETよろしく、スクリーンに大きく映し出された月の前を自転車で横切るというものです。
だんだん元ネタ探しが楽しくなってきました。

続いてのシーン、モノスタトスとパパゲーノが出会ってお互いに怖がるという面白い場面なのですが、モノスタトスと一緒にいたのはタトゥイーンでC3POとR2D2を売りさばこうとしたあの人たちで、モノスタトス当人はどんな格好をしているのかというと、まさかのダースモールです。欲望丸出しでよくしゃべるダースモール...なんともコミカルです。

タミーノが魔笛を吹きながら、「怪物たちも踊り出す」と歌うシーンでは、イーウォックが現れタミーノを取り囲んで踊りだし、逃げ出そうとしたパパゲーノのパミーナをとらえようと現れたのはストームトルーパー。パパゲーノが魔法の鈴を鳴らして彼らを撃退するシーンでは、プロジェクターに映し出されたストームトルーパーの一団がインド映画のごとく一糸乱れぬ動きで踊り出すという大迫力の演出です。

もう何が出てきても驚かないぞ!と思って見ていたのですが、続いて現れたザラストロの部下の賢者たちはジェダイの騎士。格好がそれっぽいだけでなく、タミーノに帰れと促す際や終盤の3人の侍女を追い払う際にはライトセーバーを持って登場しました。どこからどう見てもスターウォーズです。

ここまで散々スターウォーズで固めておきながら、弁者はスタートレックのあの耳が吊り上った人でした。(スタートレックは守備範囲外なんです。すみません。)
これは調べて分かったことですが、「手をかざせ!」というシーンでもスタートレックヴァルカン・サリュートをさせていました。あの手の形は何だろうと思っていたのですが、これもスタートレックが元ネタだったようです。
耳が吊り上った種族はバルカン人というらしいのですが、このバルカン人はwikipedia曰く

「論理的で自制心が非常に強いという特徴で描かれている」

とのことですので、弁者が扮していたのもそういった考証がなされたうえでのことだったのかもしれません。他にも僧侶の中にX-MEN目からビームが出る彼がいたり、ツッコミ出したらきりがない状態。


第二幕は、ザラストロがマイノリティリポートのようなインターフェースを使い、手をかざして機械を操作するところから始まりました。
そこからしばらくは落ち着いていたのですが、モノスタトスがパミーナに襲い掛かるシーンでまたネタが仕込まれていました。モノスタトスを追い払うべく、ダースベーダーが現れたのです。誰だこれ?このシーンって誰が出てくるんだったっけ?と思っていたら、パミーナが「あんた誰?」と全観客に変わって質問してくれました。ベイダー卿、答えて曰く、

「Ich bin deine Mutter!(私はお前の母親だ!)」(コーホー)

なるほど!そうかぶせてくるわけですか!ちょっと感動してしまいました。スターウォーズネタはすべてこのシーンのための布石だったのではないかと思えるほどにバッチリハマったセリフ。ネタまみれで、劇場内は笑いが絶えなかったのですが、この瞬間が最も湧いていました。
見た目だけでなく、声も野太い男性ボイスに変えられていたため気が付きませんでした。
そうでした。次は夜の女王のアリアでした。さすがに歌う前にヘルメットは外していましたが、以降夜の女王はベイダー卿のコスプレで登場します。

後は特に真新しいものはありませんでした。ディズニーのアレがスクリーン上を飛び回っていたのが気にならないでもありませんでしたが、ここまでパロディまみれだと天下のディズニーキャラが出てきたとしてもツッコむ必要はないような気がします。

最後のパパパの二重唱は、歌いながらパパゲーノが服を脱いでいき、半裸の状態でパパゲーナをお姫様抱っこして去っていくというやや過激な演出でした。これも何かのSF映画のオマージュ?と思いましたが、どうなんでしょう。


席選び

今回はもっとも安く見れる席を事前に予約しておきました。四階左翼最前列です。サイドの席はオーケストラピットの中も覗き込めて面白いと思い、前回のトロヴァトーレの際もそんな感じの席をとっていたのですが、今回はちょっと失敗でした。
というのも、四階では位置が高すぎてステージ奥で何が起きているのかよく見えなかったのです。スクリーンに映し出すタイプのネタが多かったため、ステージ奥のスクリーンがしっかり見れなかったのが悔やまれるところです。会場のざわめきぐらいから察するに、もっとネタがありそうな雰囲気でした。
そのかわり、舞台そででR2をラジコン操作するおじさんが見えたり、パパゲーノが捕まえる鳥が目の前にぶら下がっていたりと面白いこともあったことにはあったのですが、多少値が張ったとしてもいい席をとって、もう一回見に来たいくらいです。


感想

魔笛の大ファンだけどSF映画は全く見ない人、あるいはSF大好きだけど魔笛は初めて見たという人、どちらに対しても色々誤解を生みだしそうな初見殺しの演出でしたが、私は気に入りました。こんな解釈があったとは。
ティーガー戦車を見た時以来、久々にドイツに来てよかったなぁとしみじみ思いました。

それにしてもオタク向きな演出です。「オペラ」というと、格式が高く親しみにくい雰囲気がありますが、今回のようなターゲッティング不明のコアな演出を見ると、演出側は格式などに対するこだわりよりも観客を楽しませることに重きを置いているのかなと思いました。その方が、見に行く側としては気が楽ですし、古風な演出を見たい場合は別として新たな楽しみ方を開拓できるわけです。

特に、魔笛はもともとコメディ調な部分があり、比較的ラフに見ることができる作品です。公演中も、静まり返っているというよりは時折笑いが入るようなそんな感じです。
また、そのファンタジーな内容から、子供向けとも言われることがあるようなのですが、今回の公演時も割と子連れの家族姿が多くみられました。あまりに古風な演出では、子供たちは退屈して寝てしまいそうなところですが、こうしてネタを盛り込むことで子供たちにとっても親しみやすいものに仕立てていたのかもしれません。

独自の解釈を盛り込んだ演出がなされること自体はよくあることだとしても、パロディに満ち溢れた思い切った演出は珍しいのではないでしょうか(私がものを知らないだけという可能性も高いですが)。
保守的なファンからすれば、冒涜的とみられる可能性もあります。
しかし、今回のような演出は、SF映画が一般的に親しまれていることが前提となっている現代だからこそ成立するものです。古典を古典のままとせず、現代の生きたオペラとして再構築するというのは面白い試みではないでしょうか。

タイトルにスペースオペラと書きましたが、今回の演出はまさにそんな感じです。新たな解釈という言葉では説明できないくらいに革新的な演出です。こんなに面白いものが見られるとは思っていませんでした。

そんなスペースオペラ的演出を仕立てた演出家ですが、Kobie van Rensburgという方だそうです。割と有名な方らしいのですが、にわかの私は知りませんでした。本当に面白い演出でした。ありがとうございました。そして、ジョージルーカスやディズニーによって干されないことを祈ります。


それから、6月13日までこの演出の魔笛をやっている"らしい"ので、日本にいて興味のある方は今から飛行機のチケットを予約しても十分間に合いますよ?

http://www.theater-muenster.com/produktionen/die-zauberfloete.html
▲Münster Theater魔笛のページ